契約トラブルと法的救済
きめ細かな消費者啓発の重要性
杉島 由美子 法学部教授

杉島由美子教授
杉島教授

 消費者が契約トラブルに巻き込まれるケースは後を絶たない。国民生活センターと全国の消費生活センターに設置された端末機をオンラインで結ぶ「全国消費生活情報ネットワーク・システム(PIO-NET)」が収集した消費生活相談は、2011年度には87万8598件で、このうち「契約・解約」「販売方法」に関する相談が約73万件と、全体の8割を超えていた。(国民生活センター『消費生活年報2012』11頁、17頁より)

 消費者が契約トラブルに巻き込まれた場合、どのような法的救済があるのか。多くの場合、法的ルール(民事ルール)に従い、締結した契約を解消する形がとられよう。最も知られている契約解消方法は、特定商取引法(訪問販売、マルチ商法等を規制する法律)などの法律に規定されているクーリング・オフである。特定商取引法によれば、同法で規制されている取引については、一定期間内(たとえば、訪問販売では8日、マルチ商法では20日)であれば無条件で申込みを撤回し又は契約を解除することができる。なお、特定商取引法では、2004年以降の法改正により新たに取消権が規定されるなど、民事ルールの拡充が図られている。また、最近では、事業者が訪問して貴金属等を強引に購入する被害が生じたことをきっかけに「訪問購入」(押し買い)が新たな規制対象とされ、クーリング・オフ等の民事ルールの整備が行われている。

 次に、事業者と消費者が締結する消費者契約について広く適用される消費者契約法(2001年施行)による契約解消方法がある。消費者契約法によれば、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合に契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができる(4条)。

 さらに、私人の間の法律関係を規律する民法に基づき、契約の無効又は取消しを主張することも可能である。たとえば、契約当事者が制限行為能力者(未成年者、成年被後見人等)である場合の取消し(5条、7条等)、契約を締結する際の意思表示に問題がある場合の無効・取消し(錯誤(95条)、詐欺・強迫(96条))である。

 以上、消費者が契約トラブルに巻き込まれた場合に主張可能な法的手段を概観してきた。しかし、クーリング・オフであっても、対象となる取引が限定されている点、行使できる期間が限られている点で利用できる場面は限定的であり、救済には限界があるといわざるを得ない。トラブルに的確に対処できるようにするためには、法的救済についての正確な知識を得るとともに、その救済方法を適切に使えるようにすることも必要となろう。

 消費者問題に関する基本法である消費者基本法では、消費者は、「自ら進んで、その消費生活に関して、必要な知識を修得し、及び必要な情報を収集する等自主的かつ合理的に行動するよう努めなければならない。」(7条1項)と規定する。すでに消費生活センターなどの専門機関では、ホームページ、広報誌等による情報提供、出前講座の実施などの消費者啓発を行っている。消費者がトラブルに巻き込まれることなく快適な消費生活を送るために必要な情報を効果的に消費者に届けられるように、様々なチャンネルを使ったきめ細かな消費者啓発の推進が重要となろう。


【略 歴】
杉島(小川)由美子(すぎしま(おがわ)ゆみこ)・中京大学法学部教授
民法・消費者法
名古屋大学大学院法学研究科博士課程(後期課程)単位取得退学
1960年生まれ

2013/05/20

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