最低賃金制度が問われる時代
中山 惠子 経済学部教授
中山教授 |
最低賃金制度とは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低額を定め、使用者はその最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わねばならないとする制度である。労働者の生活の安定、労働力の質的向上および事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することをその目的としている。
最低賃金には、地域別最低賃金と産業別最低賃金があり、ともに審議会方式により決定される。全国47都道府県はA、B、C、Dの4つのランクに分けられ、ランクごとに中央最低審議会から引き上げの目安が提示される。各地方の審議会はその目安をもとに地域別最低賃金を決定することとなる。ちなみに、愛知県はAランクに属しており、幸いにして生活保護と最低賃金の逆転現象はみられない。現在の愛知県最低賃金は758(期せずしてなごや)円である。地域別最低賃金の最高額は東京都の850円、最低額は島根県、高知県の652円となっており、全国で200円近い開きがある。なお、産業別最低賃金とは、各地方の独自性を鑑みて適用産業を選択し(愛知県では7産業)、その産業の基幹的労働者を対象として地域別最低賃金以上の最低賃金を別途、定めるものである。
かつては、最低賃金額の付近で雇用されているのは、主婦のパートタイマーや学生アルバイトといった家計補助的な層が中心であった。しかし近年、雇用情勢が変化し、非正規雇用の大幅な増加によって、最低賃金額で働く家計の担い手も多数存在する。貧困層が拡大し、ワーキング・プアや格差社会が社会問題化する中、最低賃金が注目されるのは、寧ろ当然であろう。
世界に目を向ければ、最低賃金制度は全国一律制度が主流である。いくつかの国が地域別最低賃金制度を採ってはいる。そうした国の大半は中国のように面積が広大で、地域間格差の著しい国である。日本のように都道府県別に定めている国は極めて珍しい。また、最低賃金を国際比較した場合、わが国の最低賃金はOECD諸国の中で、先進国中最も低水準である。
本来、最低賃金制度は市場メカニズムには馴染まない。一般に経済学では、雇用量と賃金は労働の需要量(求人量)と供給量の一致する点で決定され、この均衡賃金の下では失業は存在しない。最低賃金法は社会保障の観点からこの均衡賃金を低いと判断し、それより高水準に最低賃金を設定する。したがって、最低賃金を下回る労働生産性しか持たない人は雇用機会を奪われ、失業が発生し、所得格差を是正すべき最低賃金が、逆に格差を拡大する結果を招きかねないのである。
全国一律制度の導入、産業別最低賃金制度の廃止論、先進国に匹敵する最低賃金の大幅な値上げなど、最低賃金を巡る論議はつきないが、立法と経済学を見据えた上で、改めて最低賃金を見直す時期にさしかかっている。失業を回避し、セーフティ・ネットとして最低賃金を機能させるには、政府が労働者には労働生産性の向上につながる教育訓練の機会をもうけ、他方、企業には設備投資などの支援を実施するとともに、労働需要の増加を図る政策を推し進めることが必須といえよう。
【略 歴】
中山 惠子(なかやま けいこ)・中京大学経済学部教授
ミクロ経済学
名古屋市立大学大学院経済学研究科博士後期課程修了・博士(経済学)
1959年生まれ