企業にとって「人材の多様性」は強みになるか?
期待される「経営者の現場感覚」を体現する研究成果
永石 信 経営学部准教授
永石准教授 |
筆者は企業人材育成の場での教育機会も多く、組織・人材面の経営課題について経営者や人材育成担当者と日々議論を重ねる身である。その中で、どれだけ議論しても五里霧中を彷徨う思いが晴れない話題は数限りない。一つの例は、「多様な人材を擁することは企業の強みとなり得るか」というトピックであろう。
「組織に多様性は不可欠」という主張のベースには、「人材多様性がイノベーション創出の源泉であり、イノベーションなしに現代の供給過剰大競争時代を生き抜くことはできない」という考えがあることが多い。これを理論的命題として厳密に捉えれば、「①人材多様性→イノベーション」、「②イノベーション→競争優位」という二つの因果関係の組み合わせになっていることがわかる。紙幅の限界も踏まえ、本稿では仮説①、すなわち「人材の多様性がイノベーションを生み出す」という因果関係の検証に対象を絞り込みたい。
この点に実証面からアプローチした近年の学術的貢献として、齊藤洋仁論文(2013年)を紹介したい。齊藤氏は、日本企業を対象としたアンケート調査の結果をもとに、「多様な人材を擁し、多様な価値観を尊重する文化が定着している組織ほど、イノベーションの源泉となりうるアイデア創出力が高まる」と結論付けている(図1)。
図1:日本企業における多様性と創造性の関係 |
出典:齊藤洋仁「組織のダイバーシティと創造性に関する一考察」中京大学ビジネスイノベーション研究科修士論文、2013年 |
無から有を作り出すことは困難である。企業組織においてもそれは同じであり、ある時創出されたクリエイティブなアイデアも、本を正せば何かと何かの「アイデアの結合」であることが多いことは、一般的な経験則的感覚とも大きく違わない。その意味で、「多様な人材による知識の試行錯誤的結合が、イノベーション創出の源泉となる」とする齊藤論文の主張には正当性がありそうである。一方で、その他の最先端研究成果からは「多様な人材の結合は、大成功か大失敗をもたらす諸刃の剣」とする説、「ほどほどの人材多様性が最も望ましい」とする説も示されており、定説が確立されたとは言い難い状況であることも事実である。
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「イノベーションを起こすための人材多様性」という考え方を、ある一部上場企業の海外事業担当役員にぶつけてみた。全く腑に落ちない、という様子であった。「経営とは勝つためにベストを尽くすことであり、ベストを尽くし勝ち切った組織を後から眺めれば、そこに人材多様性が生まれていることもあれば、生まれていないこともあるさ」という彼の言葉からは、経営の最前線に立つ者の凄みが滲み出ていた。このような経営者の現場感覚を学術研究成果として表現することは容易ではないが、昨今の最先端研究にはそのヒントが見え隠れしているような気がしてならない。
【略 歴】
永石 信(ながいし まこと)・中京大学経営学部准教授
国際ビジネス戦略・企業文化
南カリフォルニア大学経済大学院博士課程・単位修得退学
1970年生まれ