スポーツ科学部の荒牧准教授らの研究チーム、動作開始時の大脳基底核の活動から未来の運動の不安定性を予測することに成功
―課題の得意・不得意は運動開始時の脳活動をみるだけでわかる―

荒牧勇准教授
荒牧 勇准教授



 中京大学スポーツ科学部の荒牧勇准教授らによる研究チームは、両手運動の開始時における大脳基底核の脳活動が、運動継続時における運動の不安定性に強く相関することを発見しました。この研究成果は、2011年7月6日に科学雑誌「Journal of Neuroscience」のオンライン速報版で公開されました。

 

【研究概要】

 両手運動を周期的に行う時、左右の手の運動の組み合わせによって動作の安定性は著しく異なります。左

大脳基底核
大脳基底核

右同じ筋肉を同時に動かす運動パターン(“鏡像運動”、鏡に映したように左右が対称に動くパターン)は極めて安定であるのに対して、左右の同じ筋肉を交互に動かす運動パターン(“非鏡像運動”)は不安定です。この安定性の違いのため、たとえ「非鏡像運動を保とう」として運動をしても、その意思とは無関係に鏡像運動に突然遷移してしまうことが知られています。

 ただし、この突然のパターン遷移が生じる運動の速さは人によって異なります。また、遷移が起きやすい人でも、運動開始後の少しの間は、非鏡像運動を維持することができます。したがって、ある速さで運動をした時に、その人にパターン遷移が起こるか否はしばらくやってみないとわかりません。

 中京大学の荒牧勇准教授らは、こうした運動開始直後の行動からは観察しにくい、将来の動作不安定性の個人差を脳の活動から判定することを試みました。その結果、運動を開始する時の大脳基底核被殻前部の一過性の活動を利用することで、運動開始数十秒後のパフォーマンスの乱れ具合を予測することに成功しました。すなわち、数十秒後の運動が大きく乱れる人(パターン遷移が起きてしまう人)ほど、運動開始時の大脳基底核被殻前部の活動が強いという結果が得られました。

 この結果は、一見うまくこなしているようにみえる行動でも、その人がそれを「無理をして」こなしているのか、「余裕をもって」こなしているか、という得意・不得意を動作が乱れる前に脳活動から判定できる可能性を示唆しています。

 本研究の結果を応用すれば、ある動作に対する脳への負荷を個人ごとに評価することができます。これは障害者のリハビリでの回復の程度の評価のほか、スポーツ選手の技能習熟度の評価、高齢者の日常動作の困難度の評価、あるいは工場労働者の熟練度の評価などへの応用が考えられ、それによる、トレーニング計画の設定やヒューマンエラーの防止などに貢献できるものと期待されます。

 

【今後の展開】

 本研究の結果は、行動を観察するだけではわかりにくい個々人の脳にかかる負荷を、行動開始直後の大脳基底核の活動をモニターするだけで判定できることを示しています。

 本研究で着目した大脳基底核の被殻前部は、注意や意図、運動の計画などに関連すると考えられています。また片手でのタッピング課題や指で力を発揮する課題でも大脳基底核被殻から運動開始時の一過性の活動が観察されます。つまり本研究の結果は、両手動作に限定されるものではなく、さまざまな動作について、大脳基底核の脳活動から将来の運動パフォーマンスを予測できる可能性を秘めています。

 この応用として、現在取り組み始めているのは「リハビリテーションにおける回復過程の評価」です。リハビリテーションにおいて「回復過程を評価」することはとても大切です。一方、一見同じようにみえる運動も、その運動をこなすための脳の負荷は違います。本研究の手法を用いれば、卒中方麻痺患者のリハビリテーション回復過程において、患者がある動作をする時にどのくらいの脳負荷がかかるのかを調べることができ、動作だけからはわからない、回復の質を評価することができるかもしれません。しかも、この評価は動作の開始時に行えるため、負荷の結果引き起こされうる運動の不安定性や重大な事故が発生する前に対策を講じることができるため、リハビリプログラムの計画にも役立ちます。

 その他、高齢者の日常生活の困難度の評価、スポーツ選手の技能習熟度の評価、工場現場作業の習熟度の評価への応用も期待されています。



論文タイトル 

Movement initiation-locked activity of the anterior putamen predicts future movement instability in periodic bimanual movement Yu Aramaki, Masahiko Haruno^, Rieko Osu^, and Norihiro Sadato^
(論文タイトル日本語訳)
運動開始時の被殻前部の脳活動は周期的な両手運動の将来の不安定の程度を予測する。
荒牧勇 春野雅彦 大須理英子 定藤規弘

 研究成果が掲載された「Journal of Neuroscience」は、北米神経科学会の機関誌であり、神経科学分野において非常に高い信頼と権威ある雑誌です。

 本研究は 中京大学、名古屋工業大学、情報通信研究機構、ATR脳情報研究所(脳科学研究戦略推進プログラム)、 生理学研究所の共同研究であり、文部科学省科学研究費補助金若手研究(B)「運動開始時の一過性の脳活動から潜在的な動作不安定性を評価する」等の助成を受けています。

2011/07/07

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