子どもの心の声を聴く 学ぼう、子どもの権利
私は現在、大学教員の傍ら、名古屋市子どもの権利擁護委員を務めている。これは2019年に公布された「名古屋市子どもの権利擁護委員条例」に基づく制度であり、子どもからの相談や申立てを受け、権利擁護のための個別救済を行うほか、子どもの権利を侵害している制度への改善要請、さらには子どもの権利の普及・啓発活動を担っている。
文字にすると堅苦しい仕事と思われるかもしれないが、基本は「子どもの声に耳を傾ける」ことから始まる。相談に訪れる子どもは、保育園に通っている子どもから高校生年代まで、実に幅広い。多いのは、「友だち関係がうまくいかない」「親から怒られる」「先生が怖い」といった悩みである。まずは事実関係を整理するが、最初から分かるよう説明してくれるとは限らない。つい細部を聞きたくなるが、それを優先していると子どもの気持ちが離れてしまい、「もういい」と話が途絶えてしまう。事実と感情、この両方に気を配ることが重要であり、その点で私が心理職として培ってきた知識や経験が大いに役立っていると感じている。
相談を受けていてしばしば感じるのは、大人の言動が知らぬ間に子どもを追い込んでいるということである。ある子どもが「毎日が忙しい」と訴えた。学校、部活、宿題、塾、習い事――確かに忙しそうである。「その気持ちを親に伝えられないの?」と聞くと、「親は私のためにやらせてくれているから申し訳なくて言えない」と答えた。親を思いやる優しさを持った子どもである。と同時に、必要以上に遠慮し、我慢を重ねている姿が浮かびあがった。毎年、8月の終わりが近づくと、子どもに対して「SOSを出して」や「無理をしないで」というメッセージがいろいろな所から発せられる。大切な取り組みだが、キャンペーンで終わってはいけないと思う。むしろ日常の中で、大人が良かれと思って発する言葉が、時に子どもを追い詰めていることに、自覚的になる必要があると思う。
ここでわが家の話を一つ。ある日、中学生の娘に勉強を教えていた時のこと。教員として人に教えることに慣れているはずだが、相手が自分の子どもとなると勝手が違う。次第にお互いが熱くなり、最後に娘から「お父さんから教えられるとプライドが傷つく」と言われてしまった。こっちのプライドもズタボロである。でもよかったのは、この仕事に携わっていたおかげで、冷静になれたことである。振り返ると、私自身の期待を込めた言葉が、娘の心を傷つけていたことに気づく。以前の私なら、さらに言葉を重ね、娘をより深く傷つけていたように思う。
最後に、企業経営者や従業員の方に、少し宣伝をさせて頂く。近年、子どもの権利への関心の高まりを受け、学校や地域から「子どもの権利」に関する講演や研修の依頼が増えている。名古屋市限定となるが、企業の福利厚生の一環として、子どもの権利に関する社員研修はいかがだろうか。子育て世代のためだけでなく、ワークライフバランスを考える契機となるはずである。ご依頼は、子ども青少年局子ども未来企画課分室(052-211-8071)まで。
【略歴】
名前:吉住 隆弘
中京大学心理学部教授
専門分野:臨床心理学
最終学歴:名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程修了・博士(心理学)。1972年生まれ。
臨床心理士・公認心理師。