相手を信頼するということ 信頼を得るのは難しい

 「周りから信頼を得たい」「この人は信頼できない」など、信頼という言葉を耳にすることは多い。では、信頼とはそもそも何なのだろうか。信頼については、心理学の研究者の間でも完全に定まった定義は無い。しかし、その中でも共通して言及されている要素がある。それは「自分が被害を受けるかもしれないが、それでも相手に自分の身を委ねようと思うこと」である。

 例えば、ある企業と業務提携を結び、商品開発に必要な部品の生産を依頼したとする。もし相手側の仕事が遅れた場合、自分達が売り出したい商品の開発が遅れ、結果的に会社の利益を減らすことになってしまう。そういった被害を受ける可能性がある中で、相手に任せようと思えることが信頼ということになる。

 人間が社会で生きていく中で信頼は不可欠である。これは、周囲を全く信頼しない人を想像すると理解しやすい。例えば、毎日の出勤で利用するバスや電車、これらの利用には到着の遅れや事故に遭うといった被害を受ける可能性が含まれている。被害を受ける可能性はあるが、私たちは運転手を信頼することで、バスや電車を利用できている。もし、バスや電車の運転手を全く信頼しない人がいるならば、遠い距離を歩いて出勤しなければならない。

 また仕事において、企画・プロジェクトを進めるには他者との協力が欠かせない。一つ一つの仕事を分担し、誰かに割り振ることで、効率良く作業を進めることができる。もし、他者を全く信頼できなければ、1人で企画を進めていかなければならない。普段、頭で意識することはないかもしれないが、人間は「信頼する」という心の機能を持っていることで、便利な科学技術を利用したり、他者と協力することができる。

 人の生活に不可欠な信頼ではあるが、その信頼には一つ厄介な特徴がある。それは「信頼を得ることは難しいが、失うことは簡単」という特徴である。これは信頼の非対称性と呼ばれている。信頼を得るには長い時間を要するが、失うときは一瞬で失われてしまう。

 例えば、あるレストランで使われている食材が「品質が良くて美味しい、おまけに健康にも良い」という評判があったとする。こういった評判は信頼を高める情報ではあるものの、「良い食材を使うのは当たり前」と解釈されてしまうだろう。一つの良い出来事によって信頼を大きく高めることは難しい。そのレストランが多くの人々に利用してもらうためには、安全で良質な店であることを長い時間をかけて知ってもらう必要がある。

 そして大抵の場合、信頼が問題になるのは不祥事が起きたときである。先ほどのレストランの話であれば、「食中毒事件が発生した」「店員が食材を粗末に扱っているところを交流サイト(SNS)にアップされた」などである。こういった不祥事が起きたとき、その人・企業への信頼は大きく低下してしまう。たった1回のミスでレギュラーを外されるスポーツ選手、一つの失言で辞職に追い込まれる政治家など、悪い出来事は信頼を大きく損うことにつながる。

 何事にも言えることではあるが、「絶対にミスをしない」ということは難しい。どれだけを注意を払っていても仕事でミスをすることはあるし、不祥事を起こしてしまうことはあるだろう。悪い出来事は信頼を大きく損なうことを理解したうえで、信頼の低減を抑えるための方策を事前に立てるということが求められる。

【略歴】

名前:横井 良典

中京大学心理学部講師

専門分野:社会心理学

最終学歴:同志社大学大学院心理学研究科博士後期課程修了 博士(心理学)。1993年生まれ。

顔写真(心理横井).jpg

2025/08/20

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