ソフトとハードの調和 今こそ重要なハードウェア
昨今、人工知能(AI)の技術が飛躍的に発達し、その活躍が目覚ましくなっています。まさにAIブームの到来です。しかし、AIブームというのは近年だけではありません。
戦後、何度かブームが到来し、そのたびに収束していきました。例えば、バブル期の家電のテレビCMでは、「ニューロファジィ」といったキーワードをよく耳にした方も多いでしょう。しかし、AIがこれほど実社会に大きな影響を与え、急速に浸透しているのは、2000年代から続く今回のブームが過去最大といえるでしょう。この背景には、インターネットの普及が強く関係しています。
今や、AIはインターネットとともに、私たちの生活に欠かせない存在です。日本では少子高齢化による労働人口の減少を補うべく、AIの活用が期待されています。特に、これまでは人間の器用な手作業に頼り、自動化が難しかった産業では、AIを搭載したロボットなどによる省人化が、強く求められています。
しかし、人間の器用な動作をAIロボットが再現するには、AIの知能だけでは不十分です。人間は長い進化の中で、脳の発達に加えて、二足歩行を可能にする脚や、器用な動作を支える手や腕といった身体を進化させてきました。つまり、ソフトウェアとしての「脳」と、ハードウェアとしての「身体」は、相互に影響し合いながら発達してきたのです。
少し極端な例ですが、以下に想像の話をします。話半分で読んでください。遠い未来の、医療技術が格段に進歩した時代を想像します。ある「短距離走の選手」が、もっと速く走りたいと願い、高度な外科手術によって、頭以外の身体を動物のチーターと取り換えたとします。つまり、「チーター人間」の誕生です。すべての神経系や生命機能の問題は未来技術でクリアされたと仮定します。このチーター人間は、元のチーターのように速く走れるでしょうか?想像にすぎませんが、おそらくチーターのようには走れません。なぜなら、人間の脳神経は人間の体に最適化され、一方でチーターの脳神経はチーターの体に最適化されているからです。
現在のAIブームにも同じことがいえます。翻訳や画像認識など、物理動作を伴わないAIには、ソフトウェア(AIのプログラムなど)の力が重要です。しかし、工場自動化や省人化など、実世界の動作を伴うAIの活用には、機械やモーター、センサーといったハードウェアが不可欠です。人間の脳と身体のように、ソフトウェアとハードウェアは一体となって機能してこそ、本当の力が発揮されます。
AIの影に隠れがちなハードウェアですが、より軽く、より速く、より柔軟に、よりパワフルに、そして省電力に――。AIと調和するハードウェアのモノづくりは、今後ますます重要になるのです。
【略歴】
名前:木野 仁
中京大学工学部機械システム工学科教授
専門分野:知能機械ロボティクス
最終学歴:立命館大学大学院情報システム専攻修士課程修了 博士(工学)。1971年生まれ。