可算か不可算か,それが問題だ
どうしても英語がうまくならない理由

 これまで英語で学術論文を書くことを生業としてきたし,大学では英語で行う経済学の講義も担当している。その際,悩みの種は常に表題の件だ。帰国子女の端くれとして,発音の方はネイティブのそれでありながら,このあたりが流暢にならない自分が許せない。例えば,代替の概念の事例として「ステーキ二枚と魚三尾が等価」と言いたいとする。ステーキもフィッシュも可算名詞で間違いないが,フィッシュは単複同型だし,そもそも「ステークス」という発言を耳にした経験がないと,もしやステーキは不可算で「二切れの」と言わないといけないのか,などと心配で口籠ってしまうのである。日常会話なら気にする程のことでもないが,英語ネイティブの学生を前にして,数を扱う経済学の講義をするとなると話は別である。

 日本で我々が耳にしたり目にしたりする英語(以下,日本英語)は,このあたりのルールが非常にルーズである。日本語では対象によって数え方が変わるが,単数か複数かで語尾が変化するようなことがないから,それも当然ではある。英語では1以外,ゼロも小数も度量衡には複数形を用いるが,5ドルとか8.5インチのように,日本英語では数に関係なく単数形が定着している場合がほとんどだ。英語では,対象が単数なのか複数なのかで付けるべき冠詞が決まってくるので,言葉を発する前にまず対象の数を数えなくてはならない。「8.5インチ」の靴のサイズはエイト・アンド・ア・ハーフ・インチズだし,「一杯のカップ麺」は本来,ア・カップ・オブ・ヌードルズと言わねばならない。5ドルは英語でファイブ・ダラーズというが,5ドル札(1枚)の場合はア・ファイブ・ダラー・ビル,2枚だとトゥー・ファイブ・ダラー・ビルズと言わねばならない。日本英語に慣れ親しんでしまうと,切り替えるのは容易でない。

 この日本英語の問題には,少なからず野球の影響があると思われる。カウント一つとっても,本来ワン・ストライク,ツー・ストライクスなどと,単数と複数とを区別するべきだが,そこはすべて単数形が用いられる。投法の一つであるスリークォーターは4分の3という意味だが,英語では4分の1が三つ(複数)だから,本来スリークォーターズというべきである。逆に,複数形の誤用が定着してしまったのが,「ミスター・ジャイアンツ」のそれだ。デトロイト・タイガース一筋のアル・ケーラインはミスター・タイガーだし,ジョー・ディマジオやミッキー・マントルはそれぞれがミスター・ヤンキーである。英語でミスターは一人の男性に対する敬称だから後に続く対象は単数しかありえない。

 もちろん,ここは日本なのだし,多少の誤用があっても意味が通じれば十分ではないかという考えには全面的に賛成である。ミスター・チルドレンといった日本英語も辛うじて許容範囲だ。しかし,意味が違ってくる誤用は,話が別である。犬が好きと言いたいのに,アイ・ラブ・ドッグなどと犬を単数形で扱ってしまったら,犬肉が好きという意味にとられてしまうから,要注意である。

【略歴】

名前:西村 一彦(にしむら かずひこ)

中京大学国際学部教授

専門分野:社会システム工学

最終学歴:東京工業大学大学院博士課程修了

西暦生年:1966年

【中京大学】(写真)国際学部_西村一彦先生.jpeg

2025/03/24

  • 記事を共有