頭の揺れを設計せよ
頭部の動きと脳の科学
過剰な頭部衝撃が脳の構造や機能に影響を及ぼすことが、近年の脳画像研究によって明らかになっている。とりわけアメリカンフットボールやラグビー、ボクシングなどのコンタクトスポーツでは、繰り返される頭部への衝撃や回転加速度が、脳構造の変化や脳機能の異常と関連することが報告されている。
中京大学スポーツ科学部に所属する筆者の研究室では、現在、さまざまな競技アスリートの脳MRIデータベースを構築し、競技特性と脳構造の関連を解析している。コンタクトスポーツではアメリカンフットボールや剣道などのデータも含まれている。今後は、こうした脳画像データや頭部加速度などのバイオメカニクス計測の知見を、頭部を守る保護具の科学的設計へと接続し、より安全で安心できる製品の社会実装を目指していく。
今後の保護具の設計思想は、衝撃を単に「吸収する」設計に留まらず、衝撃を「受け流して逃がす」構造をいかに組み込むかという方向へ転換していくことが重要になるだろう。直線的な加速度を低減するだけでなく、頭部に生じる回転をいかに抑制・分散するかが鍵となる。素材の選択や構造設計、回転や剪断による力を分散する機構は、スポーツ用途のみならず産業安全分野への応用も期待される。
一方で、問題は過剰な揺れだけではない。コロナ禍以降の在宅ワークの急増やスマートフォン依存の進行により、「頭部の運動不足」とも言うべき状況が広がっている。座りすぎによる循環機能や筋力の低下が指摘されることは多いが、頭の動きの減少という視点は十分に議論されてこなかった。前庭系は頭部の動きを感知し、姿勢制御や空間認知、さらには自律神経にも関与する。頭部の動きが乏しい環境では、前庭機能の低下を招く可能性がある。
ここ数年、筆者の研究室では鉛直揺動ベッドや3次元回転ベッドを独自に開発し、研究を進めている。たとえば、わずか数分間の適度な揺動刺激によって姿勢安定性が向上することや、感情状態に変化が生じることを示すデータが得られている。今後は、これらをトレーニングやコンディショニングとして体系化し、実装していくことを視野に入れている。重要なのは「最適な揺れ」を設計することである。
衝撃から脳を守り、適切な刺激によって回復力・適応力を高める技術は、新たな産業の可能性を秘めている。中部地域のものづくり技術と融合することで、「脳レジリエンス産業」という新たな分野が生まれる可能性がある。
【略歴】
荒牧 勇 (あらまき ゆう)
中京大学スポーツ科学部教授・学部長
専門分野:スポーツ脳科学
最終学歴:東京大学教育学研究科博士課程単位取得退学 博士(理学)
西暦生年:1972年生まれ