幸福度で測るスポーツの価値
WELLBYという物差し

 スポーツを「する・みる・ささえる」ことから得られる「幸せ」に、経済的な価値をつけることができるだろうか。筆者の研究室と笹川スポーツ財団は、ウェルビーイング評価法という手法を用いてこの価値を定量化した。

 この算出に用いたのが「WELLBY(ウェルビー)」という指標だ。Wellbeing-Yearの略で、「0から10の尺度で測定される生活満足度が、1人当たり1ポイント高い状態が1年間続くこと」を1 WELLBYと定義する。この指標を用いることで、異なる領域の政策や事業の社会的価値を、「生活満足度の向上」という統一的な物差しで比較できる。

 分析の結果、スポーツ実施は年間約36万~44万円、スポーツボランティアへの参加は年間約79万~98万円の所得増と同程度の厚生改善効果があることが明らかになった。これらを全国規模に換算すると、約17.2兆~21.5兆円の社会的価値が推計される。

 なぜ今、こうした指標が必要なのか。背景にあるのは、従来の経済指標であるGDPの限界だ。GDPは市場で取引される財・サービスの付加価値を示すが、人々の生活の質や主観的幸福までは直接反映しない。また、スポーツ活動、ボランティア活動、芸術文化活動といった領域は、全てが市場で取引されるわけではないため、政策立案に必要な費用便益分析の対象としにくかった。こうした中で、OECD(経済協力開発機構)をはじめとする国際機関や各国政府が、ウェルビーイングの測定と向上を政策目標に掲げ始めている。見えにくい価値を可視化し、投資の妥当性を客観的に説明する共通言語が求められているのである。

 この分野で世界をリードしているのが英国だ。英国財務省は2020年、公共事業評価の指針である「グリーンブック」を改訂し、ウェルビーイング評価を政策立案に正式に組み込んだ。さらに21年の補足指針では、1 WELLBYの貨幣価値を1万3千ポンド(19年価格基準で約180万円)とする推奨値を公表している。政府機関が幸福という主観的な指標に具体的な「単価」を認めたことで、公共事業や社会的活動の価値評価に新たな可能性が開かれた。

 具体的にどう活用するのか。例えば、ある地域スポーツクラブを考えてみよう。調査の結果、そのクラブの会員であることが、非会員と比べて(他の条件が一定ならば)生活満足度を0.2ポイント高めることがわかったとする。会員数が仮に千人であれば、会員がクラブに所属することで得られる幸福度の向上は、0.2 WELLBY×千人×180万円で年間3.6億円の社会的価値として算出できる。従来の経済指標では捉えきれなかった「見えない価値」を貨幣単位で示すことができ、公的支援や施設整備への投資の正当性を客観的なエビデンスとして示せるのだ。

 今後、WELLBYは政策とビジネスの両面で重要性を増すだろう。行政面では、住民のウェルビーイング向上を成果指標として活用する動きや、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)の高度化につながる。ビジネス面では、企業の事業活動がステークホルダーや地域社会に与える影響を定量評価する「社会的インパクト評価」や、ESG投資において企業が創出する社会的価値を示す指標としての役割が期待されている。

【略歴】

舟橋 弘晃(ふなはし ひろあき)

中京大学スポーツ科学部准教授

専門分野:スポーツ経済学

最終学歴:早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了
     博士(スポーツ科学)

西暦生年:1986年生まれ

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2026/02/05

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