補助金と税負担の真の帰着
代替できる者が交渉を制す
顧客とカーディーラーが自動車の売買条件を交渉し、通常は150万円で取り引きが成立するとしよう。政府が景気対策として購入者に10万円を給付した場合、その恩恵は誰が受けるだろうか。購入者が10万円分だけ得をすると考えるのは早計である。
消費者と小売業者は貨幣を媒介とした商品やサービスの取り引きを行っている。交渉の場でどちらが優位に立つかは、一方にとって他方がどれほど「代替可能」であるかで決まる。
消費者にとってその商品やサービスが暮らしに欠かせない必需品であったり、たとえ必需品でなくても他の銘柄では代わりがきかないほど差別化されていたりすると、消費者は交渉力が弱まりやすい。また、交渉相手の小売業者の代わりがいない場合や購入の時期や場所、条件が限られている状況においても、消費者は相対的に不利になりがちである。
小売業者についても同じ論理が当てはまる。販売先の選択肢を増やしたり、品揃えを拡充したり、資金繰りや在庫を改善したりしようとすると相応の追加費用では済まない場合、小売業者は特定の顧客や一部の商品、限られた販売のタイミングに依存せざるをえない。その結果、販売機会の多様性が乏しくなり、「この相手に、いま、この商品を売らなければならない」という状況に追い込まれ、弱い立場に立たされやすい。
このような主体間の代替可能性に基づいた優劣は、消費者と小売業者の間だけでなく、小売業者と卸売業者やメーカーの間、メーカーと物流業者やサプライヤーの間など、サプライチェーンを構成するあらゆる主体の間で生じる。したがって、他の主体に代替されにくく、同時に他の主体を代替しうる主体ほど、サプライチェーン全体に影響を及ぼしうる交渉力をもつ。
さて、冒頭の問いに答えるなら、鍵は代替可能性に基づく各主体の交渉力である。たとえば、このカーディーラーから購入する以外に選択肢がなければ、顧客は購入を見送って10万円を逃すより、160万円までなら支払って購入したほうが合理的になる。一方、この顧客に売れなくても他の顧客に販売できるなら、カーディーラーは慌てて150万円で妥結するより、顧客が支払ってもよい金額に近づくまで条件を引き上げて粘るだろう。
ひとつのケースではあるが、顧客に比べてカーディーラーの交渉力が圧倒的に強い場合、カーディーラーは給付額(10万円)と同じだけ販売額を上乗せでき、結果として政策の恩恵はカーディーラーに帰着する。もっとも、メーカーの交渉力がそれを上回れば、メーカーが卸値を10万円分引き上げる余地が生まれ、実際の取り分は最終的にメーカーへと移っていく。
政府による補助金は、配分される主体にかかわらず、原則として代替可能性に基づく交渉力の強い主体に帰着する。課税でも同様に、課税される主体にかかわらず、原則として交渉力の弱い主体が実質的に負担する。
読者諸氏に問う。主体間の交渉力という観点から考えると、Go To EatやGo To トラベルの恩恵は最終的に誰に渡ったのか。商品やサービス別にみた消費税の実質的な負担は結局誰が担っているのだろうか。
【略歴】
赤沢 克洋(あかざわ かつひろ)
中京大学経営学部教授
専門分野:地域資源管理学、経営経済学
最終学歴:岡山大学大学院自然科学研究科博士課程中退 博士(農学)
西暦生年:1970年生まれ