契約締結時の注意点
リスク考慮の重要性

 2024年12月、大手医療脱毛サロンの運営法人が、東京地裁から破産開始決定を受けた。債権者は9万人にのぼるとみられ、その多くは、施術代金を一括で前払いしていた利用者(消費者)である。残念ながら、こうした利用者が未施術分の前払い代金を取り戻すことは、困難であろう。それでは、消費者が医療脱毛サロンなどで契約をする場合、どのような点に注意しなければならないか。

 医療脱毛サロンなどで契約をする場合、その支払い方法としては、大別して、施術1回ごとに代金を支払う「都度払い」と、施術代金をまとめて一回で支払う「一括払い」がある。実際には、多くの消費者が、「都度払い」に比べて施術代金が割安になる「一括払い」を選択しているということは、今回の大手医療脱毛サロンの例からも明らかであろう。

 消費者が、モノやサービスを通常の価格よりも安い価格で手に入れるとき、お得に感じるということは、よく知られた認知バイアスである(アンカリング効果)。そのため、医療脱毛契約における施術代金を「一括払い」にすることは、生身の人間である消費者の行動として、理解できることである。そして、このような消費者を保護するため、さまざまな法制度が整備されている。例えば、医療脱毛契約は、特定商取引に関する法律において「特定継続的役務提供契約」とされ、消費者には、クーリング・オフとしての解除権(同法48条)や、クーリング・オフ期間経過後の中途解除権(同49条1項)が認められている。しかし、これらの解除権は、契約後に気持ちが変わったり、施術に期待された効果を感じることができないなどの理由で契約を解除するためのものである。したがって、契約の相手方である医療脱毛サロンが倒産した場合に、利用者である消費者を救済するためのものではない。

 このように、現在の消費者保護制度は、完全なものとは言い難い。それゆえ、消費者は、社会において存在するさまざまなリスクを考慮し、それを踏まえて行動することが求められる。医療脱毛契約で言えば、施術に伴う肌へのリスクはもちろんであるが、近年のエステ業界における倒産状況を踏まえれば、自身が契約するサロンが倒産した場合の返金リスクもまた、考慮しなければならない要素である。その意味で、支払い方法として「一括前払い」を選択することには、慎重でなければならない。

 あらゆるリスクを考慮することは、不可能である。しかし、だからと言って、現に社会に存在するリスクから目を背けることは、危険である。消費者は、普段からさまざまなリスク情報を収集しておくことで、自分の身を守ることが可能になる。消費者が契約を締結する際には、魅力的な条件に飛びつくのではなく、そこに存在するリスクも考慮して、最終的な決断をすることが重要である。

【略歴】

名前:永井 洋士(ながい ひろし)

中京大学法学部講師

専門分野:民法

最終学歴:青山学院大学大学院法学研究科博士後期課程標準修業年限満了退学

西暦生年:1984年生まれ

顔写真(永井洋士).jpg

2025/01/29

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