子育て支援のツールを創る
現在、少子化の進行のなかで子育て支援の重要性に関心を持たれるようになってきている。生まれてくる子どもの約10%は、(睡眠リズムの不安定さなどの)育てにくさをもっていることは半世紀前から明らかになっている。育てにくい子どもだから発達障害とイコールということではないが、自閉スペクトラム症(約2%)、知的発達症(約2%)、ADHD(約3%)などの発現率を考えると、子育て以前に子どもたちが持つ個性として発達障害傾向を有する子どもが多くいることも近年知られるようになっている。同様に、出生後、子育て期において、抑うつ状態になって精神的な支援を必要とする母親が10%以上いるとの報告もあり、抑うつ状態などのメンタルヘルスを改善する子育て支援手法が求められるようになっている。
厚生労働科学研究辻井班 (発達障害児に対する有効な家族支援サービスの開発と普及の研究, 2007-2009)で開発された「ペアレント・プログラム」は、もともと発達障害の子どもを持つ養育者向けに開発されたもので、現在、国の発達障害情報・支援センターを中心に、全国40都道府県において普及が進められている。プログラムは1回60-90分、6セッションから構成され、複数の報告から、養育行動の変容(叱る育児スタイルの減少と、誉める育児スタイルの増加)や子どもの行動の変化(向社会的行動の増加等)とともに、養育者のメンタルヘルスの改善(抑うつ状態の改善)が見られることが明らかになっている。特に、抑うつ状態の改善の効果は、専門的な抑うつ状態の患者を対象とした認知行動療法との違いはない高い効果を示している。プログラムは、実際にプログラムに1クール参加する方式で、一般の子育て支援を担当する保育士などが実施しても同様の有効性が示されることが明らかになっている。
子育て支援には非常に多面的な介入のポイントがあるが、実際の子育て支援の講座では、子育て経験を伝えたり、子育てに関わる情報を提供することや、あるいは養育する母親や父親の大変さを受け止めるといった視点にとどまり、実際に養育する母親や父親の認知(子どもや自分の行動の把握)を修正し、子どもが現在できている行動(適応行動)を把握し、親たち自身の自尊心を回復することがなされていないことが多い。ペアレント・プログラムは、研修や実施が簡易であり、すでに多くの自治体で実施されるようになっており、養育者のメンタルヘルスの改善に有効であることが明らかになっている手法であるため、こうしたプログラムへの参加の有効性を、企業経営者が理解し、子育てに疲れる社員のメンタルヘルスを改善する機会とできることを知ってもらうことはとても大事なことであろう。子どもの個性や発達障害傾向に対応する手法を身につけつつ、養育者のメンタルヘルスを改善する科学的に有効な支援手法があり、全国で受けることができるようになっていることの周知は重要である。
辻井正次(つじいまさつぐ) 中京大学現代社会学部教授・学部長。専門:発達臨床心理学。名古屋大学大学院博士後期課程満期退学。1963年生まれ。