「性」について学び直してみよう
「性教育」と言うと、マユを顰める人がいることは知っている。あるいは、見てはいけないものを見たようで顔を背けたくなったり、なんだか悪いことのように感じられたりする人もいるかもしれない。もし、そんな反応に身に覚えがあるなら、ぜひここで一緒に情報をアップデートしてほしい。推奨される性教育は進化している。
まずは名称である。「包括的セクシュアリティ教育 Comprehensive Sexuality Education」と称される性教育の国際的ガイダンスが、UNESCOより発行されている(2009年に初版、2018年に改訂版)。従来の性教育が扱っていた生殖や人体の仕組みだけではなく、価値観、文化、ジェンダー、ウェルビーイング、暴力、コミュニケーションといったさまざまな内容を扱うことが「包括的」の意味である。これだけで私たちが今まで「性」だと思っていたものがいかに狭い範囲のことだったのかと視野が広がる。国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)に位置づけられるのも頷ける(目標4「質の高い教育をみんなに」)。
そうした多様な内容はどのように提供される必要があるのだろうか。ガイダンスで一番に挙げられているのは、「科学的根拠」に基づく点である。科学的に適切な知見に基づく包括的セクシュアリティ教育は、初交年齢の遅延、リスクの高い性行為の減少、自己効力感の向上といった効果が研究で示されている。
その根本は人権を守ることにある。性教育が人権につながる、と考えたことがあるだろうか。適切な性教育を受けることそのものも重要な権利である。さらに、ジェンダー平等に基づいている。日本のジェンダーギャップ指数の低さ(146カ国中118位、Global Gender Gap Report 2024)が指摘されて久しい。「教育」分野では高い水準を保っているのだから性教育も不要ではないか、と思った方がいるかもしれない。しかし、学びに影響を与えるのは明文化された知識だけではない。現実を取り巻く環境や態度が暗黙のうちに学習者にものを伝える。言葉の上ではジェンダー平等、でも実際の政治や雇用・給料、社会にギャップがある状態では、「ギャップはあっていいんだ」「不平等でも仕方がない」ということを体験的に学んでしまう。
具体的な中身をひとつ。5つ目の領域「健康とウェルビーイングのためのスキル」の一つに「意思決定」がある。私たちは「相手の話を聞きましょう」「相手の気持ちを考えよう」と言われ続けてきたけれど、「自分の気持ち(意思)を聞きましょう」「自分の気持ち(意思)を考えよう」とは実はあまり教わってきていない。自分の意思は何によって決められるのか、良くも悪くも自分の意思に影響する人は誰か、意思決定にサポートが必要な時はいつか・どうすれば良いのか、いったい自分は何を心地よく、安心だと感じるのか、など。性に関わる意思決定の土台は、親子、友達、学校、職場といった日々の関係性から作られる。
「性」は誰にも存在するし、一生一緒に暮らすもの。それなのに、大人は旧バージョンの性教育しか受けていない。子どものためにも自分のためにも、大人こそ、新しい包括的セクシュアリティ教育が必要である。
略歴
浜田 恵(はまだ めぐみ)
中京大学心理学部准教授
臨床心理学
九州大学大学院人間環境学府単位取得退学・博士(心理学)
1982年生まれ