材料表面が持つ多機能性

人間が固体を手にしたとき、多くの場合、表面を「なでる」行為がスタートです。ではなぜ表面を「なでる」のでしょうか。答えは簡単です。いかなる固体も人体の接触は常に表面であり、その表面構造の情報が、感覚情報の一つとして大脳に伝わるかです。そして大脳は興味本位で、表面の状態、凹凸や円滑面の存在を確認し、一つの情報として記憶します。この行為を人類は、おそらく道具を持ち始めた200万年前の石器時代から行ってきました。

 人類はその進化過程で、固体表面に実に多彩な要求をしてきました。石器や金属器、磁器には多くの場合円滑な表面、時として鋭利な端面、つまり審美性や道具が持つ用の美の追求でした。これらのわかりやすい加工技術は人類の進化とともにブラッシュアップされ、現代においては材料表面に原子が整然と整列し、原子1個分の凹凸すら存在しない表面の作成まで可能です。

 原子ですら表面に整然と並ぶようになると、もう表面加工は終わりに思えます。しかしながら人類はすでに別の表面の存在を知っていました。例えば陶器です。陶器は微細な孔(あな)が無数に存在する多孔質体です。一見、この多孔質体表面は醜い存在に思えますが、ここに機能性を人類は発見します。陶器製品表面にある無数の微細な孔は、溶液中の様々な物質の吸着に寄与します。例えば飲み物の味わいがまろやかに変化し、溶液中の放射性物質を吸着し無害化に寄与します。また、ウレタンスポンジが持つ微細多孔質は音の吸収能力など、多孔質体は様々な機能性を示します。

 表面がもつ機能性の調査は多孔質体のみにとどまりません。金属材料表面にも訴求します。金属材料表面加工は研磨による凹凸消失が一般的です。ざらついた表面を持つ金属材料を手にすると、人類はなにがなんでも研磨したくなります。しかしその研磨行為は、その金属表面が持つ機能性の消失を導きます。高導電性金属材料表面を意図的に粗く処理することで、表面積増大効果による熱の輻射(ふくしゃ)効果の増強が期待されます。電解めっきを目的として電極金属表面に施した微細な凹凸が電界めっきによるめっき成長制御に寄与します。金属表面への酸化チタン被膜処理は、酸化チタン被膜の厚さによって色彩豊かな構造色が発現します。

 固体の表面は、端的に表現すれば原子が連続的に並んでいるだけです。しかし、その表面が持つ特徴的な構造配列や、表面元素が持つ化学反応性、表面へ積層する他の材料系が示す光学特性が、バリエーション豊かな表面機能性を生み出します。現代における固体は単に、重量感をもつ塊から脱却し、機能性を有した表面を持つ多元的な材料系へと進化しています。

 皆さんも今、目の前にある固体を手に取って見てください。現代科学はその個体表面が、単なる原子の羅列ではなく、新しい機能性を所持していることを今後発見するでしょう。

【略歴】

田口 博久(たぐち ひろひさ)

中京大学工学部教授

量子効果デバイス物理

東京理科大学大学院 博士(工学)

1974年生まれ

田口先生 顔写真.jpg

2024/07/30

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