アイヌ施策推進法を巡る議論
国連宣言の正しい理解が必要

【中京大学】法学部小坂田裕子.jpg
小坂田 裕子 教授

 法律として初めてアイヌ民族を「先住民族」と明記した「アイヌ施策推進法」(以下、新法)が2019年5月24日に施行された。新法は、基本理念として差別や権利侵害を禁じ、国及び地方公共団体の責務として、教育や広報を通じてアイヌに関する国民の理解を深めることを明記した。また文化、産業、観光の振興に向けた交付金制度を創設し、文化伝承を目的としたサケの捕獲や国有林内の樹木採取について規制を緩和した。さらにアイヌ工芸品などに関する商標登録の手数料及び登録料が減免される。

 当事者であるアイヌの人々の新法に対する評価は分かれている。「先住民族の権利に関する国連宣言」で謳われている自決権や先住権が保障されていないとして批判する者もいれば、先住民族として法律で明記されたことなどを積極的に評価する者もいる。ただし、後者の人々も新法を終着点ではなく出発点として捉えている人が多く、新法の採択をもって問題が解決したとは言えない状況だろう。

 国連宣言は反対派のみならず新法擁護派からも自らの見解の根拠として援用されているが、その宣言理解には一部誤解が存在するように思う。そのため、以下では、私の専門である国際人権法の立場から、そのいくつかについて解説する。まず、石井元国交相や一部の研究者が、国連宣言前文第23段落が「国及び地域的な特殊性」などを考慮する必要性を述べていることをもって、新法が自決権などを保障しないことを正当化していることについてである。しかし同前文第17段落は「本宣言中のいかなる規定も...自決権を否定するために利用されてはならない」、同本文第45条は「本宣言中のいかなる規定も、先住民族が...将来取得しうる権利を縮小あるいは消滅させると解釈されてはならない」と明記していることを忘れてはならない。そもそも第23段落は、世界の先住民族の間で、その必要性や希望に応じて、自決権が異なるように行使されうることを妨げない趣旨であり、国連宣言は、国や地域の特殊性を理由に政府の側が権利を否定することを認めていない。

 次に、私は、先住民族として法律で明記されることは、先住民族政策の基本であること、また縦割行政の弊害を緩和して様々な手続的緩和をおこなったことを踏まえ、新法を不完全ではあるものの、過渡期の法として、一歩前進という評価をしているが、それにより石井元国交相が述べたように「国連宣言で果たすべき責務はおおむね措置された」とは言えないと考える。国連宣言の中核は、自決権や土地や資源に対する権利であり、特に前者は、日本が批准している国際人権規約にも規定されている。アイヌの人々の多くが新法を終着点とみていない以上、これらの権利については将来、検討する必要が出てくるだろう。アイヌ民族にこれらの権利を認めることは、「国民理解が得られず、新たな差別につながる恐れがある」と説明されている。しかし、まさにその新法の下で国民の理解を得られるようにすることが国の責務とされていることを忘れてはならない。

小坂田 裕子(おさかだ ゆうこ) 中京大学法学部教授
国際人権法
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了

2019/10/21

  • 記事を共有