【プレスリリース】日常の音に対する感受性:ASMRと音嫌悪症の関係
研究成果のポイント
- ASMRと音嫌悪症では、ポジティヴな情動とネガティヴな情動がそれぞれ生じます
- 人々の聴覚過敏の特性によって、両者を統合的に理解できる可能性があります
概要
中京大学心理学部の近藤洋史教授は、自律感覚絶頂反応 (ASMR) (*1) と音嫌悪症では異なる情動が喚起されるにもかかわらず、互いに関連していることを見出しました。
ASMRとは、動画を視聴することによって頭部から背中にかけて生じるゾクゾクするような皮膚感覚を指します。このゾクゾク感は、リラクゼーションや安眠、抑うつ気分の改善などの ポジティヴな情動と結びついています。
音嫌悪症 (misophonia) は、他者が発する音に対して嫌悪や怒りの情動が惹起され、回避的あるいは攻撃的な行動を表出する症状です。ASMRとは対照的に、音嫌悪症は聴覚情報によってネガティヴな情動が誘発されます。
両者ともに、最近になって認知されるようになった現象であり、世界的に見ても研究は多くありません。そのため、ASMRと音嫌悪症がどのように関係しているのか明らかではありませんでした。本研究では、500名超の参加者による自己報告に基づき、ASMRと音嫌悪症の実態を調査しました。その結果、若年者の58%にASMR動画の視聴経験があったのに対して、30歳以上の年齢層では12%でした。これまで本邦では知られていなかった音嫌悪症を呈する割合は半数を超えていました。さらに、ASMR得点と音嫌悪症得点の間に正の相関が認められました。この共通要因の根底には、参加者の有する聴覚過敏の特性があるのかもしれません。
本研究成果は、2022年6月30日(木)公開の学術雑誌「心理学研究」に掲載されます。
背景
2011年、世界保健機関(WHO)は環境問題で苦情が最も多いものは騒音であると報告しました。先進国では、全人口の10%の人々が(難聴を含む)聞こえの困難さを抱えていると推計されています。このため、都市部での生活スタイルがもたらす心身の問題について、早急に理解を深めることが要請されています。
ささやき声や指先のタッピングなどのバイノーラル音を聴取することでASMRは生じることが多いです。また、暗い印象を感じさせる狭帯域の音によって、ASMRが誘発されるという報告もあります。もう一方の音嫌悪症では、食事中の咀嚼音やペンをノックするような繰り返される音がトリガーとして挙げられます。音嫌悪症は未解明な面も多いですが、強迫性障碍や心的外傷後ストレス障碍などの精神疾患とは独立していると考えられています。本研究では、大規模データから本邦におけるASMRの認知度および音嫌悪症の実態を明らかにします。
研究の手法と成果
18歳から60歳までの健康な男女552名に対してオンライン調査をおこない、ASMR調査票 および音嫌悪症調査票 (*2) の回答を得ました。
ASMRを認知している割合は全体の33.3% (n =184) で、男女差が認められました。ただし、ASMR動画を視聴してゾクゾク感が「ある」と答えた割合は62.0% (n = 114) で、男女の割合に違いはありませんでした。視聴する時間帯は「就寝前」が大半 (62.8%) でしたが、時間があれば「いつでも」という回答 (17.8%) もありました。
音嫌悪症調査票に基づいて得点化したところ、音嫌悪症を呈する人の割合は53.9%に達していました。現時点で、音嫌悪症に関する大規模調査は米国あるいは中国の大学生を対象とする2件のみで、その割合は20%程度でした。さらに、男性よりも女性の得点が高く、年齢とともに増大していました。音嫌悪症に地域差、性差や年齢差が存在するのであれば、どのような音に注目するのかという認知的な要因が影響しているのかもしれません。
ASMR得点と音嫌悪症得点の間には正の相関が認められました。両者から惹起される情動に快・不快の違いはありますが、それらの根底では聴覚過敏の特徴を共有している可能性があります。
今後の展開
ASMRおよび音嫌悪症をもたらす要因を比較することで、聴覚情報と情動反応の相互作用を明らかにするだけではなく、基礎医学の知見を提供して快適な音環境の構築に貢献していきます。
用語解説
*1 自律感覚絶頂反応・・・英語のAutonomous Sensory Meridian Response (ASMR) の直訳。ASMRを引き起こすシチュエーションやシナリオ(例:散髪や耳かき)は無数にあり、その好みは人によって千差万別です。動画共有サイトには多種多様なASMRコンテンツが投稿されており、人気の動画では数千万回以上の再生回数を得ているものもあります。
*2 音嫌悪症調査票 (Misophonia Questionnaire) ・・・この調査票は音嫌悪症状尺度と情動・行動尺度で構成されます。前者では、「人々が食事する音」、「ペンをノックするような反復音」、「ガサガサ音」などに対する嫌悪感が評価されます。後者では、音によってもたらされる情動 反応(例:イライラする)や行動様式(例:耳をふさぐ)が評価されます。
論文情報
論文名 日常の音に対する感受性 ―ASMR,音嫌悪症,および自閉症傾向―
著者名 多田奏恵,長谷川龍樹,近藤洋史 (中京大学)
雑誌名 心理学研究(日本心理学会が出版する学術雑誌)
DOI 未定
公開日 2022年6月30日(木)オンライン早期公開
お問い合わせ先
●研究者 中京大学心理学部 教授 近藤洋史
TEL:052-835-7160(心理学部事務室) メール:kondo@lets.chukyo-u.ac.jp
URL:https://hk-lab.github.io/
●広報担当 中京大学学園事業推進部広報課 〒466-8666 名古屋市昭和区八事本町101-2
TEL:052-835-7135 メール:kouhou@ml.chukyo-u.ac.jp