研究科長挨拶

文学研究科長 酒井 敏

文学研究科長
酒井 敏

2018年4月から「歴史文化専攻」が開設され、文学研究科は二専攻となります。母体となる文学部の歴史文化学科が最初の卒業生を送り出すのを承けた改組で、日本文学科・言語表現学科をそれぞれ母体とする既存の「日本文学・日本語文化専攻」と合わせて、研究指導体制がさらに充実したと言えましょう。
2018年は「明治150年」(明治元年から150年)のメモリアル・イヤーとされ、メディアでも声高に宣伝されています。福沢諭吉が著した有名な『学問ノススメ』は、明治青年のバイブルの一つでした。云うまでもなく、福沢は両専攻の院生誰でもが研究対象にできる重要な思想家ですが、一方で一万円札の顔としても知られているように、実学尊重を鼓吹した人でもあります。その点だけを見ると、福沢は今日強く叫ばれ、人文諸学を圧迫している実学尊重の風潮の元祖であり、逆に撃つべき敵と映るかも知れません。しかし、今日の実学尊重と福沢の実学尊重とでは内実が大きく違います。福沢の思索の根源には目指すべき理想があり、それを実現するために選ばれたのが彼の実学尊重でした。単純に目先の利益を求めて有用の学を主張した訳ではありません。
福沢が更新しようとしたのは、『解体新書』誕生のエピソードが示しているような、余りにも現実を遊離して空理空論に執した旧来の常識でした。だから実学尊重という言葉が選ばれたので、科学が核兵器や毒ガスを生み出したり、経済活動が過労死を強いたり、今日の我々を脅かす諸問題は福沢が実現しようとした理想の中にはありません。歪んだ愛国心や暴走する資本主義の経済システム――それらは叡智の結晶としての政治が食い止めるものと期待されていたのです。福沢の理想の源、叡智の源泉こそ人文学でした。福沢が実学尊重を鼓吹できたのは、彼が誰よりも人文知を信頼し、尊重していたからと言えましょう。人文学を蔑にする現在の実学尊重とは正反対なのです。
言い換えれば、現在ほど人文学が強くならなければならない時代はありません。目指すべき理想もなく、目の前の利益のみを求めて狂奔する世界。見回せば、そんな恐ろしい現実の中に誰もが放り込まれているのです。どんな逆境の下にあっても人文学が存在意義を増さなければ人類の将来も地球の未来もない。そんな気概と誇りを持って、一緒に研鑽を積んでゆきましょう。