第3回 八事セミナー(吉野裕介氏)

第4回 八事セミナー(吉野裕介氏)

要旨:
二度にわたって開かれたセミナーにおいては,吉野裕介『ハイエクの経済思想:自由な社会の未来像』(勁草書房,2014年)について,著者による要点の解説がなされ,その後それらについて議論が交わされた。ここで示された主な論点は,次の三点にまとめられる。
第一には,ハイエクの主要著作と,これまで扱われることが少なかった業績との連関を示し,その思想体系を一貫して捉える視点を提供した。具体的には,1952年のハイエクの『感覚秩序』という異色の著作を,かれのウィーンでの青年時代の心理学研究にさかのぼって読解し,「自生的秩序」と「文化進化論」という後期の到達点が,前期のハイエクの探求と連続していることを示した。
第二には,ハイエクの経済思想を,従来までの共産主義批判や福祉国家批判の先鋒という位置付けに留まらせるのではなく,知識や制度を基礎においた社会の一般理論として読める新たな可能性を示した。これは,ひとつには,今西錦司との対談をもとにハイエクの社会理論を「知識の棲み分け」から「文明秩序の並立」を理解する学説と解釈したこと,いまひとつは,文明の発展たる「自生的秩序」の成立がハイエクの言う知識の「進化」概念と結びつけていたことから導かれる。
第三には,ハイエクの著作から現代的な問題を考えるという関心から,オープンガバメントという概念を導入し,それをもとに望ましい社会像を構想していることである。ハイエクが生きた二十世紀の社会哲学は,自由主義か福祉国家か,保守かリベラルか,といった二項対立の間を揺れ動いてきた。しかしここで,「文明の成長は知識の獲得と成長にある」というハイエクの洞察に着目する。この観点から言えば,人びとの持つ知識の活用が社会の発展を生むというオープンガバメントはハイエク思想の発展形として理解できる。かくして,政府の規模は大きいか小さいかという議論から,政府が開かれているかどうかが重要であるという価値観にシフトすることが重要だと主張した。