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アートギャラリーC・スクエア

第108回企画 宇田川愛展 ─ my travelogues ─

会期 7月9日(月)〜7月28日(土)
休館日 7月22日(日)
開館時間 午前9時〜午後5時 入場無料
作家によるトークイベント
日   時 7月21日(土) 14:30~16:00
会   場 0705教室(0号館7階)
※聴講無料 申込不要
※終了後、レセプションを開きます。

作品紹介

「ice_bridge」

「ice bridge」2012 アクリル、木炭、刺繍、シルク 46×90cm

「カルシッコ/_Karsikko」

「カルシッコ/ Karsikko」2011 アクリル、チョーク、刺繍枠、布 φ20×30cm

「変身/_Metamorphose」

「変身/ Metamorphose」2012 アクリル、色鉛筆、布 27×73cm

解説

中間を認識する─宇田川愛の作品によせて

 

淡い色のオーガンジーのベールに包まれた、なまあたたかい空気の森の小道や川、そんな独特の世界が宇田川愛の作品には設定されている。それは霧がかった道を手さぐりで前進する少しの恐怖、と同時に感じる静けさや穏やかさが広がる世界に近いかもしれない。あるいはその印象は、水中にいるときの外の音が聞こえない心地よい静けさと、身体が重力からも解放され水に融解していくような感覚を呼び起こす。それはマクロな自分という存在が宇宙という壮大な自然と結びついているにことに気づくといった直接的な連繋ではなく、自分の存在が細かい粒子に基づいていて気づくと自然に溶け込んでいたといった、驚愕よりもあきらめや静かに客観視する感覚ではないだろうか。 彼女の作品には、小道、川、カーテン、森、樹木、鳥、鳥かご、空、橋などのモチーフが繰り返し登場する。そしてそれらの多くはオーガンジーの薄い布に描かれていたり、刺繍をする際の丸枠に取り付けられた布に描かれていたり、布に直接刺繍が施されていたり、布自体を染めていたりもする。その表現手法が既存の「絵画」や「版画」などの分類には収まらないことを静かに主張するように、モチーフも神話世界と現実世界、あるいはあの世とこの世をつなぐ架け橋のような説明し得ない存在に優しく寄り添っている。

1、あちら側とこちら側─中間としての場について

冥府の川、アイスブリッジ、森の小道、これらは宇田川の作品に設定された中間の場として登場する。この世とあの世をつなぐ冥府の川や、川が凍りそのときだけ岸から岸へ歩いて渡ることができるアイスブリッジと呼ばれる橋の存在。それらは神話世界と現実世界、時間と時間を橋渡しする中間を象徴する時空間として存在する。宇田川はその曖昧で手触りのない中間の時空間を「目には見えない予兆や気配といったもの」として作品に描いていると述べている。それでは宇田川の作品は単に目に見えないものを可視化するための装置として存在 するのだろうか。それよりも曖昧な存在を可視化し提示することで観客を一度思考停止状態に陥らせ、常に生成変化する場への途上を描いているのではないだろうか。それは多くの作品にある、移動する視点からも読み取れる。ある作品では俯瞰して描かれている場があり、また別の作品では自身が移動しているような視点、また、舟に乗った人物や、森を歩いている人物を客観的に見ている視点などさまざまに存在する。どの作品も中間の場から次の場所へ移動している道中が提示されながら、永遠に行き着かないことをわかった達観や諦観がこちらに静かに伝わってくる。そして中間の場で移動を試み、不安になる、その自然や宇宙のなかでの人間の曖昧な存在すらも感じることができる。

2、中間の場から─自然へ返る

宇田川の作品のなかには、中間の場を描きながらもその行き着く先を暗示しているモチーフも存在する。そのひとつに「カルシッコ」というフィンランドの習慣が描かれたものがある。カルシッコは家と墓地の中間にある松の木の皮を剥がし、そこに数字とアルファベットを刻みつけて、死者の目印にするという習慣のことだという。一見すると謎めいたおまじないのようであるが、一人の人の生年と没年、そしてイニシアルを松の木の皮をはがしたところに刻む。本来は死者にこの世にもう居場所がないことを知らせるためのものだそうだが、いつか、削られた箇所は自然に新たな皮によって塞がれ、自然に返っていくことが暗示されている。この木が生者と死者を結ぶ「窓」のような存在であり、さまざまな時間が含まれているのだが、生きている私たちはいつも、その中間の場から次の場所へ行くことができない。しかし場そのものは静かに移り変わっていく。彼女の描く精神世界と作品世界は、この中間の曖昧な場をどう表していくかという真摯な問いだろう。それはパスカルが『パンセ』のなかで述べている自然観を想起させる。

「自分が、自然の与えてくれた塊のなかに支えられて無限と虚無とのこの二つの深淵の中間にあるのを眺め、その不可思議を前にして恐れおののくであろう。そして彼の好奇心は今や驚嘆に変わり、これらのものを僭越な心でもって探求するよりは、沈黙のうちにそれをうち眺める気持ちになるだろうと信ずる。」
  パスカル『パンセ』、前田洋一・由木康訳、中央公論文庫、1973 年、p.43

パスカルは『パンセ』のなかで、中間の認識について論じている。「無限のなかにおいて、人間とは一体なんなのか」と問い、神や宇宙に対して人間をはかなく小さい存在であると位置づける。しかし一方で到達できない虚無を前に、その人間にも宇宙が広がっており、人間が全体でもあると述べる。自然においての人間は、無限に対しては虚無であるけれど、虚無に対しては無限になり全体にも成り得る、中間の存在であるのだ。そしてまさに宇田川の作品における自然観にもつながるのだが、その中間の存在や不可思議を前に、好奇心で探求し ていくというよりは、沈黙のうちにそれをうち眺める。無力感を保ちながら、静かな洞察による永遠の移動を繰り返していく。いつか冥府の川がドーナツ状になっていると気づき、どこにも行けないと知るだろう。そしてアイスブリッジは溶けてなくなり、現実の地平とつながっていく。しかしそれでもなお、私たちはこの場で生成変化を繰り返し、別の次元を夢見ている。

水田紗弥子(インディペンデント・キュレーター)

プロフィール

宇田川 愛
宇田川 愛(うだがわあい)
1979年東京生まれ
1999-2003年 東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻
2003-2004年 東京芸術大学大学院版画研究科
2005-2008年 国立カールスルーエ芸術大学絵画科

Ai Udagawa
Born 1979 in Tokyo
1999-2003 Tokyo National University of Fine Arts and Music, B.F.A.
2003-2004 Tokyo National University of Fine Arts and Music, M.F.A.
2005-2008 Staatliche Akademie der Bildenden Kuenste Karlsruhe

2012年 「Sign」個展、KIDO Press, Inc.、東京
2011年 個展、三日月座、東京
2010年 「テイスティングアート2010」阪急デパート、大阪
2009年 「X'mas Exhibition」 KIDO Press, Inc.
 「Art@Agnes 2009」(KIDO Press, Inc.)、アグネスホテル、東京
2008年 個展、ミュハラウム、カールスルーエ、ドイツ
 「Poly Summertime 2008」Poly Galerie、カールスルーエ、ドイツ
2007年 「middltec」、カールスルーエ芸術大学構内、ドイツ
 「日本美術家連盟2007年新人奨励展」銀座JAAギャラリー
 「2007 Summer Exhibition」カールスルーエ芸術大学構内、ドイツ
 グループ展フォーエバー現代美術館ギャラリー、秋田
2006年 「2006 Summer Exhibition」カールスルーエ美術大学構内、ドイツ
2005年 「第4回年高知国際版画トリエンナーレ」、いの町紙の博物館
 「JUSTIZIA」Prof. Dr. W. ホフマン氏邸宅(カールスルーエ)、ドイツ
2003年 「器楽」青山PROJECTGALLERY PROMO-ARTE
 「版画集展」東京芸術大学内
 「第28回全国大学版画展出展」町田市立国際版画美術館

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