ブックタイトル中京大学現代社会学部紀要2014第8巻第1号

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中京大学現代社会学部紀要2014第8巻第1号

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概要

中京大学現代社会学部紀要2014第8巻第1号

業化が進展していくにつれて、企業が売りだす消費財(商品)や文化的産物の広告と、政党による政治プロパガンダの機関としてのマスコミュニケーションが支配する場へと、それは構造変容した。公的な領域が社会的なものに侵食されていくとアレントが考えた堕落の時期を、ハバーマスはこうして2 世紀ほど後世にずらして設定し、まさしくアレントが社会的なものの台頭の時期と考えた時期に、政治的公共圏が成立したと考えた。このような議論の方向性はハバーマスが属するフランクフルト学派の、大衆社会における道具的理性批判、文化産業批判などの文脈から要請される理論的帰結であっただろう(Horkheimer & Adorno [1947] 1981=2007)。しかしそのように歴史を捉えると、英米仏の市民革命期に成立した公共圏は、歴史的な一回性の現象として消滅してしまったことになり、構造変容を経た現在におけるその発動を語ることができなくなる。ところがpublic sphere という訳語の流通により、若干、ニュアンスが変わり、いつの時代、どこの地域にでも成立しうるものという含意をもって語られ始めた公共圏概念と、『公共性の構造転換』(Habermas [1962]1990= [1973] 1994)で語られたそれとの齟齬は、このあと50 年以上つづくハバーマスの理論的営為において、新たな公共圏概念の位置づけとともに回収されていく。3、公共圏概念の変遷とミードからの示唆やがて公共圏概念は、インターネット、地上波放送、ケーブルテレビ、衛星放送などによる放送事業などを論じる際に親和性のある概念として活用され、おおまかに、公共善や社会的公正についての議論が戦わされる場といった程度の意味で、平等性、自律性、公開性などの特徴をもつものとされるようになった(吉田2000;花田1996, 1999 ; Calhoun 1992=1999)ハバーマス自身も、『近代未完のプロジェクト』の序文では、「現実はいかに違おうと、そこにおける立場を通じて態度の変化というものがも市民社会をもたらす公共圏と社会的世界としての公共圏(鎌田) 27( 27 )