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アートギャラリーC・スクエア

第91回 山田純嗣展 絵画をめぐって -The Pure Land-

会期 7月2日(木) ~ 7月29日(水)
休館日 日曜・祝日
開館時間 午前9時~午後5時  入場無料

絵画の浄土

  絵画とは何だろう。こんな問いは直球すぎて恥ずかしさもあるが、私は結局のところこのことについて問うている。
  哲学者のM.メルロ=ポンティは『見えるものと見えないもの』の中で、「…音楽的ないし感覚的な緒理念は、まさにそれらが否定性ないし限定された不在であるが故に、われわれがそれを所有するのではなく、その緒理念がわれわれを所有するのである。ソナタを作ったり再生したりするのは、もはや演奏者ではない。彼は、自分がソナタに奉仕しているのを感じ、他の人たちは彼がソナタに奉仕しているのを感じるのであり、まさにソナタが彼を通して歌い、あるいは演奏者がそれについていくために「急いで弓を握りしめ」なければならぬほど突然ソナタが叫び声をあげるのだ。…」※と述べている。
  このことは音楽だけにとどまらず、あらゆることに当てはめることができる。「ソナタ」の部分を「絵画」で言い換えるならば、「…絵画を描くのは、もはや画家ではない。彼は自分が絵画に奉仕しているのを感じ、鑑賞者は作品から彼が絵画に奉仕しているのを感じるのであり、まさに絵画が彼を通して絵画を描き…」となる。つまり、「絵画」というは、それをあらかじめ所有できるようなものではなく、「画家が絵画固有の理念に所有された」ときに目の前に「顕れる存在」ということではないだろうか。
   絵画は物質にすぎないが、その本質はそれを通じて感じる不在の理念の方にある。それを顕すには、絵画に対する奉仕、つまり絶対的な信頼、愛が欠かせない。そんな気持ちで私はこの展覧会の副題を “The Pure Land”(浄土)とした。『囚われの一角獣』、『那智滝図』をはじめとした、私の好きな名画をもとにした作品とともに、会場に不在の理念としてのまだみぬ浄土が顕れることを願って。
※(『見えるものと見えないもの』 M.メルロ=ポンティ(著)、滝浦静雄、木田元(翻訳)みすず書房)

文:山田純嗣

 

トークイベント 7月4日(土)

○山田純嗣×元田久治(美術家)

日   時 14時~15時30分(開場:13時30分)
会   場 名古屋キャンパス・センタービル 0705教室
入場無料 予約不要

 

作品紹介

001

1.「UNICORN IN CAPTIVITY」2008-09 年 サイズ可変 石膏,木,針金,粘土,樹脂,その他

002

2.「(09-2)NACHI FALLS(B)」2009年 159×57.8cm パネルに印画紙、インタリオ・オン・フォト、樹脂

003

3.「(09-4)炎舞」2009年 100×44.7cm ゼラチンシルバープリント

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